経済とは、人が生きるための活動。
だから、経済に関わる事は、全て、ここが原点。
会社を経営するのも、利益を上げるのも、人を採用するのも、人を生かすのが目的。
お金儲けは、人を生かすための手段であって、目的ではない。
制度だって、規則だって、人を生かすための道具。
道具だから大切なんであって。
それを、忘れたら凶器になる。

特に、人事はね。人を生かす事。
それを、忘れたら人事は、人を殺すことになる。
ちょっと、まちがうとね。
制度ありきとか。
人件費だけの問題にすり替わるけど。
社員、一人、一人の人生があってね。

昔、親父に言われったんだよ。
人を、採用し、育てる事だけが、人事ではないよって。
この仕事にむいていない奴、他の仕事に就いた方が、そいつの為だと思ったら、辞めさせるのも、お前の仕事だ。自分の都合や思いだけを押し付けるな。相手の人生を考えろと。

入れるのは簡単なんだよ。
でも、辞めさせるのは、大変なんだ。
本当に苦しく、迷う、断腸の思いさ。
でもそんな思いは相手には通じないよ。
辞める時は、勝手な理由で辞めていく。
余計なお世話ってね。

人生には、終わりにしなければならない時がある。
駄目なものは、駄目。
簡単にあきらめては駄目だけど。
見切りをつけるのは、リーダーの仕事。
終わりにするなら、自分の手で終わりにしろ。
どんなに思い入れがあったとしても。
そうであればあるほど、自分の手で終わりにしろ。
止めを刺す必要があるなら、自分の手で刺せ。
他人に任せるな。

どんな理由があってもね。
辞められるのは辛いさ。
心配もする。
経営者は、社員に辞められるというのは、みんな、口には出さないが、本当につらい。
でも経営者は、それを顔に出せない。口にも出せない。
中小企業の親父にとって社員は、人なんだよ。人事なんだよ。

親父は親父さ。
昔はね。会社の社長だって、派閥の領袖だて、親父って言ってたんだ。
「うちの親父は。」ってね。

そういう、親父たちが去るものは追わずってね。
親父達の心がわかるからね。
どんな気持ちで、去る者は追わずと言ってたかね。
親父達は切ないんだよ。
悩み苦しみ、そいつのために心配し。
それでも、去る者は追わずと。
割り切れない思い、未練を残しながら。
それでも、去る者は追うなと。声を絞り出す。

そんな親父達に、ボーナスは、権利だって。
親父は、嗚呼、今年も年越しのモチ代が出せる。
そう言って、一人ひとりに手渡しをしていたのを、その前の年の暮れ、俺は見ていた。
一人ひとりに感謝しながらね。
それを、労働者の権利だから手渡しするのやめてくれってさ。
哀しそうだったよ。

俺は、人事の担当者に言ったんだよ。

人を生かす事を考えるまに、自分を生かすこと考えろって。
人を生かすことは、自分を生かす事。
自分を生かす事は、人を生かす事。
それを、忘れたら、真の人事、人を生かす人事はできないよって。

人事で大切なのは、人の心。
それでも、人事は、非情。
情を絡める事は許されない。
だから、義理と人情が大切なのさ。

制度とか、経費とかをね、考えるのも。人を生かすために。
人を、辞めさせるのも、その人を生かす為さ。
そう考えなければ、耐えられないさ。

お前は、自分を、生かすことを考えているかってね。
自分も生かせない者に、人を生かすことはできないよ。
仲間って、俺はいいよと言っても許してくれない。
苦楽を共にするんだろって。
時々、鬱陶しきなるけどね。
慣れてしまえば、それが、当たり前になる。

人事を担当する者に、一番最初に教える事は、人事は、自分も人も生かす事。
それを言葉でなく身をもって教える事。

親父達はね。皆、戦友だったんだよ。
生死を共にしたね。
だから、社員も戦友だったんだよ。
自分の腕の中で死んでいった戦友もいるんだ。
それが、親父達の人事だったんだ。

親父は、どんなに面倒をみたって、わずかばかりの「お金」に、目がくらんで、移っていてしまうんだよって、ぼやいていたよ。
あいつら、こっちの気持ちなんて何にも考えずに、自分に都合のいい理由考えて、言いたいこと言って辞めていく。だから、あまり心を籠めるなと。
情を絡めると、辞められた時、辛いぞって。
そう言いながら、毎日、親父は、社員の事を心配して寝言を言うんだ。

こっちは、三度の飯を二度に削っても給料を払っているのにね。
そんな事は、おかまえなしだ。
辞める時は、言いたいこと言って辞めていく。
どんなに金を稼ぐのが大変か、何もわかってはいないとさ。

俺たちは、一つ屋根の下で、同じ釜の飯を食べて。
プライバシーも何もない。
勤務時間と言ったところで、職場で生活してるんだから。
お客が来たら、断わるわけにはいかない。
公とか、私の境目なんて最初からない。
一緒に汗かいて、仕事が終わったら皆で酒飲んで。

社員旅行っていたって、皆、その日の食事にも事欠いて。
だから、気持ちにゆとりを持たせようと新宿御苑みたいなとこ行って。
フォークダンスなんか踊ってね。
それが原点なんだ。

親父が今の会社を始める前に、勤めていた会社の社長って度外れていて。
非情な人事をしたかと思うと、自分を裏切って金を使い込んだ奴を最後まで面倒見たりして。
親父は、馬鹿だって。
でもだから、俺たちはついていけるんだって。
皆、苦楽ともにしてきた仲間なんだと。
だから、一緒に生きていける、共に、生きていける奴だけが残ればいいんだよとね。

親父は、勤めていた会社の社長に今の会社任されて。
駅前の安宿で会社の設立に必要な書類委を書いたって。
それから、会社を興して。
仕事が終わったら、事務所の床に新聞紙を敷いてヤカン酒。
気が乗ったら皆で街に繰り出し、屋台を借り切って。
それが、わが社の源。

なぜ、こんな話をするかって。

どんな、国にも、会社にもね。
神話や伝説が必要なんだ。
それは、何故と問いの答えが潜んでいるからさ。

俺たちのルーツさ。
そいつは、説明するんじゃなく。語るんだ。
若い頃はね。
鬱陶しいって。どうでもいいって。
年寄りのざわ言、たわ言、世迷言と思っていたけど。
ふと、何故と問いたくなる時がある。
その時、始まりや源を知りたくなる。

駅前の小さな安宿から、俺たちの会社は始まった。

息子が一年生まで、通っていた小学校は、終戦直後。
皆、食べ物にも事欠くのに。
どんなに生活が苦しくても、子供たちだけには、まともな教育をしようと。
商店街の人達がなけなしの金を出し合って作ったんだ。
桜が、きれいでね。
それが、息子が二年になった時、統廃合で廃校になった。
でも町の人達のね、志を語り継いでいかなければ。

昔、昔と、子供たちを囲炉裏端に集めて。
語るのさ。説明するのでもなく。説教をするのでもなく。
物語るんだよ。
忘れてはならない。
伝えていかなければならない記憶をね。
語るんだよ。

僕らは生きてきたんだ。
命を繋いできたんだ。

昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんが居ったとなと。
忘れてはならない事をさ。
語り継いでいくの。