もうちょっと素直になって欲しな。
俺達の世代は、正直、素直でない連中が大方よ。
何せ叛逆の美学なんて言って。
反抗的で、批判的な態度を良しとする傾向があたからね。
何でも、素直をに聞く奴は莫迦だ。
何事も疑ってかかれ、素直に従うな。
叛逆的で、懐疑的ののが正しい。
体制や、権力は、悪であり。
騙されてはいけない。
構えたり、腰を引いて、すがめで物を見る。
注意や、指示を、素直に聞けない。
すぐにやらないで、少し考えてから始める。
これが間違いだと気がつかない。
俺達は、本直に聞けと言われ続けたけどね。
素直になれずに失敗した人間が多い。
そのためにいいといてるのに、言いといていると聞いてくれない。
すぐに疑われる、
ハッキリ言て、悪意をもって注意したり、警告する人は少ない。
なぜなら、余程の事がない限り、悪意をもって注意したり、警告をしても、意味がない。
なんの得にもならないからで、注意された者が失敗や、間違いをされるのが困るから注意するので。
干渉されたり、指図されるのが嫌だなんて個人的な感情だからね。
素直でない奴は、すぐやれと言っても、わざと、ゆっくりやったり、着手を遅らせたり、妙な間を開けたり、言われた事と少し違う事したり、口答えしたり、一言余計な事を言ったり。
我を張ったり、意固地になったり、頑固になる。
それが失敗の本で、長い目で見て人生を誤る原因になる。
大袈裟でなくね。
やれと言われたら、やればいい。
明らかに、理不尽、不可能な事は別にして。
速やかに、素直に始めれば、問題はないし。
後々、夜会な事にもならない。
一言余計な事や注文なんて付けようものなら、そこから話が長くなる。
反対したり、批判したつもりがなくても、相手は説得にかかるし。
反対、批判したととらえる。
一分で終わるはずの事が、なん日かかっても決まらなくなる。
大体つまらない事で綾を付けたら、信用をしない、任せてくれなくなる。
いいと言った事を、反対したととらえると、話は平行線をたどる。
いいと言われたら、素直に、賛同してくれたとありがたく思えばいいのに。
疑ってかかれば、一致点なんて見だせなくなる。
百の内、一つ違えば、全てが、駄目になりかねない。
相違点ばかり見ていたら、合意なんて得られない。
どっか違うと言われればそれまでだ。
何も決められない。
今やろうと思ってたなんて、捨て台詞を吐こうものなら、そこから説教が始まる。
筋を通せ。
頼みやすいからと言って、安易に、人に仕事を頼むと組織の統制が乱れるからな。
特に、直に、仕事を棚むと、いろいろと厄介、面倒な事を引き起こすことになる。
会社は、仲良しクラブではない。
同僚に、頼みやすいからといて、寛太に仕事を頼むと、筋が違ってくる。
先ず頼みやすいから頼むと言うのが問題で、頼みやすさが、仕事の基準になる。
要は、頼みにくい奴が楽をするという事。
頼みやすいとは、頼りになる奴で、言えば、嫌がらずに、すぐにやってくれる。
のみこみも早い。約束は守る。言った事は、確実にやってくれる。言わなくても、やる。
頼みにくいとというのは正反対な者。
そうなると、素直で、責任感も強く、信頼もでき、能力のある者の負担が大きくなり。
身勝手で、協調性もなく、扱いにくく、意固地で、素直でない人間が楽をさせる事になる。
もう一つ重要なのは、組織としての筋がなくなる。
つまり、仕事なのか、ボランティアなのがわからなくなる。
公私混同になる。
個人的な依頼なのか、正式な、要請なのかのけじめがなくなる。
指示命令系統も無視される。
依頼された仕事が、その人間の正式な立場や、役割、仕事とは関係がなければ、単なる雇われ仕事でしかない。
支店長が、他の支店長の運転を頼まれたからと言って、自分の支店の仕事を放り出して、安請け合いしたら、部下はどう思うか。
休日に友人として運転をするのなら、話は別だが、仕事中にやれば、両者とも規律違反。
それぞれの直属の上司の良貨を得てない場合も重大なルール違反。
それを許したら、組織の統制も、規律も失われる。
公式の組織が土台から崩れる。
出る釘は叩かれる。
でも叩かれるくらいが上等。
引っ込んでいる釘を引き出す方の労力が、どれくらいっかるか。
出る釘は叩けばいい。
若い奴は、これから偉くなりたい奴は、出る釘ぐらいでちょうどいい。
ただ、叩かれる事は覚悟しろ。
傲慢だとか、思いあがっているとか、目立ちたがりだとか、空気読めないとか。
叩かれると思え。
痛い思いをしなければ成長はしない。
叩かれて痛い思いをしろ。
痛いと思わなくなったら、おしまいだけど。
叩かれるのを恐れていたら成長はできないよ