皆、勘違いしているのさ。
個性とか、自分価値は、何か特別な事。
特殊な技術と思い込んでいる人、多いけどね。
実際は、自分とって取るに足らない事に価値がある。
自分にとっては簡単で。
当たり前にできると思ていても。
他の人が、簡単に真似できない事があったら。
それがあなたに価値だ。
他人とって難し事でも、普通にできてしまう事ね。
だからそれが、高価だと言われてもピンとこない。
要するに、特別とか、特殊な技術と言っても、他人から見ってであって。
自分にしてみれば、別に特殊でも何でもない。
いつもやっている事に過ぎない。
だからあなた何ができると、改めて聞かれると答えられない。
他の人にとって価値がある事でも、あなたにとっては、何の変哲もない事だから。
一生懸命、他人と違う事、特別な事を考えているつもりで。
実際は、自分と違うところ、自分にとって特別な事を考えているから思い浮かべ訳がない。
考えてみると一番の財産、価値は、毎日繰り返してきたこと、当たり前な事。
なぜなら、積み重ねてきた、経験、時間は、若者には越えられないから。
もうなのも考えないでも、意識しないでもできる事があってら、それは、達人の域に達している。
でも、これを、誰も評価しないんだよね。
毎年まいとし、違う仕事を器用にこなしてきた人と、愚直に一つの仕事を貫いた人とでは、結局、一つの事を極めた人の軍配が上がる。
なぜなら、毎年違う事をしてきた人は、数をこなしたかもしれないが、蓄積がない。
何十年も、同じ仕事してきた人には、それだけの年月の蓄積があり。
その年月は越えられない。
この点が重要。
ところが、当人が、自分の方に気が付いていない。
自分の本当の価値を、肩書だの実績だのに求めている。
あんなものは、実体のない名目や過去の遺物。
長い間蓄積された知識や経験、技術こそ掛買いのない財産。
宝をうち捨てて、糞尿のようなものに価値を見だそうとするから、自分を安くしてしまう。
親父たちによくいわれたよ。
まじめに、人との仕事を、勤め上げれば、一生食う事に困る事はないよ。
だから、あんまり、あっちこっちと目移りせずに。一つの事を、まじめに極める事さと。
そこで得た者は、決して失われることのない資産だと。
なのに、みんな自分の一番の価値を見ないでうらぶれていく。
哀れな事だけど。
この国にしてみれば、貴重な資源をやたら無駄に捨てることになる。