会社の事を自分の事として捉え。
決められた事を守ろうとする者でないと共に大事を謀ることはできない。
会社の事は、他人事で、何時までも我儘、勝手で決められた事を守ろうともしない者を同じに扱うことはできない。
そこを見極め、明確に区別する。
そのために話を聞いて欲しいんだ。
互いの人間は、自分のことしか考えていない。
言うことも聞かないで、指示したことも守らずに、その癖、責任をとれなんてふざけた事抜かすの。
親父に、言う事きかないなんて言った日には、どやされたよ。
言うことなきかせるものだ。
その為に権限があるんだろって。
全力で守るべき人間とそうでない人間は明確に分ける。
真剣に取り組んでいる者の意見といい加減な者の意見は重さが違う。そこを見極める。
明確に区別する。
働きに応じて報酬を出す。しかしそれだけで、意見は聞くわけではない。
運命を共にする者だけの意見を聞く。
誰の意見を聞くべきか。
誰とともに生きていくかを見極めるために聞く。
皆は選ぶ側の人間で、選ばれる側の人間ではない事を忘れないようにね。

だいたい、これまでのやり方では駄目だから、新しい分野に人、物、金といった資源を振り向けようと議論しているのに、既得権を振りかざして、今までのやり方でいいなんて主張するのは言語道断だ。
普段、批評家、評論家みたい批判していながら、いざとなったら、今まででいいですなんて言い出すのは卑劣極まりない。
今までのやり方で赤字になるなら、思い切って新しい分野にかじを切るのは至極最もな判断であり。
自分たちがこれまでのやり方に反対してきたことを忘れるな。
前向きな議論に切り替えない限り時間の無駄。

野球は、投手と捕手だけでやってんじゃないの、ボールが外野に飛んでいたからって、内野手が何も動かなかったらチームワークなんでできない。
会社も同じ、ベンチにいるやつも含めて全員で挑まなかったら勝てるもんか。

子供の頃、自転車の補助輪を外すの結構、勇気が必要。
誰かが支えてくれていると思うだけでなんとなく安心したけど。
それではいつまでたっても、一人で自転車に乗れないしね。
仕事だって、いつかは、自分で、補助輪なしに決断していかなければ。
最初の一歩は、ちいさな一歩だけれど、全ての始まりの一歩なんだ。

よく決めた方がいいですかって聞く人いるけど。
僕の感覚では、決めちゃうの。
なぜなら、決めた方が楽だから。
決めておけば、やっているうちに不都合が生じてたら、変えればいいし。
やめることもできる。
やるべきかどうかも、どうかもはっきりしなければ、仕事にならないし。
正式な仕事とは認められない。
取り合えづ、決めといてと言われたものさ。
決められない、理由がないからね。
予算を作ると決めてから、仕事は始まるんだからね。
決められなくても、目をつぶって決める。
最初に決めるときは、何も決まっていないんだから。

最初に家を建てると決める。
家を建てると決めておくから、資金計画を立てたり、事前も調査もできる。
勘違いするなよ。
衝動的に、家を買うという事を決める言っているんじゃないからな。
家を建てると決めること言っているんだからな。
一歩一歩決めていかないと、飛躍しなければ決められなくなる。
最初の決断は、できる範囲でするのが原則。
家を建てると決めたら、次に、預金を始めること決めるみたいにね。

新しいことや、改革をしようとしたら抵抗や反対、壁にぶち当たるのは覚悟しなければ。
そんなに簡単にいったり、儲かったら、すぐに真似されて儲からなくなる。
簡単でないから、価値があるのさ。
だから、互いに認め合い、心を一つにして、一致団結し、困難な事に挑む仲間が必要なのだ。

皆で経営の責任を分担するんだよ。
そのために皆で予算を立てる。

困難な状態、逆境の時、結束できる仲間がいたら何も怖くないんだよ。

俺は、一人でも、二人でも、早いとこ、何でもいいから、成功していいほしの。
それで独立したいというならそれはそれでいいじゃない。
うちの会社を利用してスッテプ・アップする人間が現れたら楽しいじゃない。
少なくとも、僕は、今以上の生活望んでいるわけではないし。
家族だって、より良い人生が送れるようになれればいい。
だったら、いろんな才能のある人が集まってきて、いろんなチャレンジしてくれた方が、選択肢も増えるし。可能性だって増える。

ただ、この会社にいる間は、この会社のルールに従ってな。
要は、金の事さ。金のことだけは、きれいに行こうや。
この業界も、石油業界も、結構裏金がね。
確かに、金儲けはしかがないよ。
でも仲間内はね。きれいにしようや。
金に困ったら、言ってくれよ。金に汚くなったら、救いようないからな。
収入を上げたかったら、それに見合う実績を上げてくれ。
利益を独り占めしようなんて薄汚い根性はしてないからさ。

昔から、俺の流儀は、提案得、切り取り自由。
俺が学生時代は、提案者に何もかも押し付ける。
それでは、しまいには誰も手をあげなくなる。
だから、俺は、俺の仲間に提案得。
つまりは、提案者が、是対的な権限をもって、仲間を使えるようにした。
そうしたら、皆手を挙げるようになって大騒ぎよ。
そして、成果が上がタラ、その分はそいつのものにしていい。
儲かるようになったら、自分の事業にしていい。
それが切り取り自由。