何が何してなんとやらは駄目。
あれを、あれして、こうするも駄目。

何の具体性も、見通しもなく、なんの算段もせず、何の裏付けもせずに、打ち合わせをしますとか、検討しますは、誤魔化しだし、逃げだ。

本気で、やる気のない人間は、できる様にはいない。
できないように、できないように。
決まらないように、決まらないように、立ち振る舞う。
やりたくない。やりたくないとやるし。
失敗するように、失敗するように働くし。
成功したくない。
成功したくないと仕事をする。
いざ決める段階になる、様子がおかしくなり。
直前でちゃぶ台をひっくり返す事なんて平気でやる。

口で言うだけで行動を起こさない。
言うは易し、行うは、難し。
ひたすら、先送りして、行動を起こさない。
いつかいつかと言って。

やる気ない。最初からやる気がない。
だから、おtれは行動しか信じない。
やる気のない奴はいつまでたっても行動を起こさない。

やる気がないから、続かない。
やってるふりをするのが得意。
中身のない仕事をする。
何でも、適当に、適当に、いい加減。
途中で投げ出し、うやむやにする。

男は度胸。決めるさ。やるさ。

やると決めたらやる。
やると決めたらどこまでやるさ。
それが男の意気地じゃないか。
これが人生劇場さ。

今、男がいないね。

やると決めたらやるさ。

やる気のある人は、「できる、できない」を議論したりはしない。
何から始めるか」について議論すする。

行動あるのみ。

とにかく、簡単ではないよ。
簡単でないから、やるんじゃないか。
一日で、誰でも達成できるな事はそれだけの価値しかない。
やるとなったら歯を苦縛って、ひたすら、打ち込まなければ。

十年しか先のない者は、二十年後の事などどうでもいい。
それが、少子高齢化の本質さ。

いい訳なんかしない。
だれも、これからの若者為に働いてはいない。
五十年前に始めていたらこんな体たらくにはなっていない。
昔。自民党をぶっ壊すとほざいた政治家いるけど。
今だって、あの頃何も変わってはいない。
ただ、違うのは若者たちが絶望的な状況から抜け出せないでいる事。

あてにならない者をいつまでもあてにするな。
自分達で、協力し助け合って問題を解決する事を覚えろ。
年寄りが、楽していいなんて言っても、信じるな。
自分に甘えるな。
未来は自分達で掴めしかないと心得よ。

団塊の世代なんてやりたい放題、ぶっ壊すだけぶっ壊したけど。
何一つ創造的な事はしなかった。後輩たちの為に残さなかった。

本気で若手に仕事を任せようなんて人間はいないよ。
だって、そんな事したら、自分の居場所なくなると思っているから。
経験が浅いとか。
知識がないなんて言ってね。

でも、人が成長するのは十代から、二十代だよ。
その時に、自分の持てる者すべてを引継ぎくらいの覚悟しなければ、人材なんて育成できない。
プロスポーツの世界を見ればわかるだろう。
自分で自分を切って後輩のを育成する側に回らなければ、自分を生かす道もなくなる。
人は歳をとるのさ。

自分にできる事、わかっている事を任せるんじゃない。
自分にできない事、わからなことを任せるんだ。
それが任せると言う事で。

社員総てにさ。自分にできない事、任せているのだし。
社長にだって、自分が出来なかったことや、わからない事を任せているんだからね。

だから大変だと。
他人事のように言うと怒られるけど。
でも事実だから。

だから、尊敬心がなければ任せられないよ。

人を育てるとはそう言う事で、自分を切り捨てて、任せないとね。

人をよく観察する事だよ。
人は、相手が、自分より劣っているとか、弱い立場だと思うと自分の本性を現すものだからね。
若いうちに人を見る目を養うことだな。
ただ、自分を見失ってはだめだよ。
第一に、自分を守る事。
第二に、自分を守ってくれる人。
第三に、自分が守るものや人。
その三点を見失わなければいいさ。

若い人に、自立されたら困る大人がいるんだよ
人はね、歳をとると衰えるのさ。
しかし、それを認めたら、若者にとって代わられると怯えてね。
自分の弱点を見せると、自分達の言う事を聞かなくなると思っているからね。
なるべく、自立できないようにする。
だから、若い人は、自分がないといつまでたっても子供扱いされるからね。
一人前の大人扱いをしない。大人扱いしたら自立するからね。
いつまでも、自分達を頼らなければ、何もできないようにしつける。

でも、若い連中だっていずれは歳をとり、限界に達する。
それまでに、できるだけの事をしておかないとね。

これから、長い人生を生きていくためには、何を信じて何を信じてはならないのか。
それを見抜く力をつけることだよ。
騙されるのは、信じてはならない人を信じたからだよと。

裏表がある人。陰日向がある人。
言っていることとやっていることが違う人。
嘘つき。平気で裏切る奴。
金に汚い奴。約束を守らない奴。
単純に悪い奴。
不平や愚痴ばかり言う奴。
弱いものいじめする奴。
こういう人間は信じては駄目だな。

仕事を極めようとしたら、何年も、何十年も、自分で目的・目標を定めて、貫かなければならないからね。
だから、思想や哲学、信条が大切なんだけど、戦争に負けてから、思想とか、哲学とか、信条を持つのは悪い事と教えるようになってさ。

戦前の考え方、思想は悪かったと言うけど、じゃあ、何を信じたらいいのか、指し示せる人が出なかった。
資本主義と言ってもね。ベトナム戦争とか、公害とかね。
それで、先輩たちは、反体制、反権力、反権威、大学紛争に走ったけど、その結果は、惨憺たるものだった。

何を信じていいかわからない若者が増えた。
だから、妙なカルトが流行る。

でもね。
迷ったり、悩むのは、当たり前だよ。
これから、何十年も貫いていかなければならないだからね。
わかるだろ。
それこそ、根気が、一年も続けばいい方。
すぐに壁にぶつかるさ。

五年、十年も経てば、誰だって、挫折を味わうし、目標を見失う事もある。
それに、三十前後で肉体的にも精神的にも限界の達するしね。
自分より若い人が追い上げてくるのに、自分の力は衰えていく。
だから、若者を育てようと言うのは噓さ。
自分の事で頭が一杯なんだからね。

五十年前、若くても、今は、年寄りさ。
年をとると多くの人は狡くなる、狡猾になる。

そうすると守りに入る。
若い連中に自立されたら困る。
自分の手足となり、従順に、言いなりになってくれればいい。

サラリーマンと言うのは特にそう。
何か、抜きんでいる特技が言われても。
その点、職人の世界や、農業は違う。
じゃあ、サラリーマンは、駄目かと言うと、俺は違うと思う。

サラリーマンて言い換えると組織人さ。
つまりは、組織の問題。仲間ね。
いい仲間に出会えるか巡り合えるか

最初だよね。最初にみんなで話し合いぶつけ合う事だよ。
そして、助け合える仲間をね、作る。
どうやってみんなと一緒に生きていこう。
助け合っていこう。
その上で、会社の在り方を変えていけばいい。
それを抑え込もうとするから悪いんだと思う。俺はね。
どんな生き方をし、どんな会社にしたいかをね。
いつでも語り合える仲間をね、必要としてるんだ。

俺は、昔、仲間に言ったんだよ。
「男にとって最初の他人は親父さ。
だから、最初にぶつかる相手でもある。
だからぶつかって来い」と。
「ぶつかって負ければ親父はお前の事、可愛いと思うかもしれないが、一生子ども扱いする。
逆に、勝てば、憎いと思うかもしれないが、その時から、お前を男として扱う」と。
これには後日談があって、九州の土建屋の息子が親父とぶつかって、負けて九州に帰った。
後で、そいつの両親が俺のところに訪ねてきて、「あの時の決断は正し方んでしょうかね」と(笑)

親とはそういうものさ。
いいか、自分達で問題を解決できなければ、いつまでたって一人前にはならないからな。
自分達で仲間を作り、自分達で解決していくんだ。
それを自由という。
自分達の運命を他人の手に委ねるな。それを隷属と言う。
自分達の手で問題を解決できなければ、主が変わるだけで隷属であることに変わりはない。

自分の事は自分で解決しなければね。
そうしなければ、ただ反発しただけで終わる。

でも一人では何もできない。
仲間が必要なんだ。
その仲間ができないよう、分断されてきた。
だから、今の若者はいざとなると何もできない。
今、求められているのは仲間づくりさ。

先人が解決した事、できた事に挑むんではない。
誰も解決できなかったこと、わからなかったことに挑むんだ。
だからこそ、自分達に力を信じる以外にない。
答えは自分達で出す。

自分から声をかけ、仲間を作る。そこからだよ。
仲間を信じ、助け合う事を学ぶ。

だから、自分の意志が大切なんだ。
他人の性にするな。

自分が何を望み、どんな生き方がしたいか。
それが知りたければ、語り合える仲間を見つけるんだな。

どんどん語ればいいだよ。
皆も仲間の話を聞いてね。
そして語り合えばいい。
それをいけない事みたいにね。そして抑え込もうとするから。
その点社長は同志だから。皆の話を聞き、一緒に語り合っていきたい。
それがさ、社長の生きる活力なんだ。
愚痴やね、不平ばかり聞かされる萎えてしまうよ。
それ、いかに生きるか。
人生を語ろう。

未だ、人生を語らず。
人生を語り合おう。
人生を語り合えば自ずと志が生まれるさ。

これから、自分達で作っていく、創造していくんだからね。
この会社は。
自分達は、何がしたいのか。
自分達は、何を目指しているのか。
自分達は、どんな会社にしたいのか。
誰も教えてくれないって。
当たり前じゃないか。
君たちがこれから作っていく会社なんだから。

自分が何を食べたいかって他人に聞く。
自分が何を食べたいか教えてくれと他人に聞く。
そんなこと聞いたら、お前大丈夫かって言われるぜ。
自分の食べたいものはわかるけど、お前の食べたいものなんてわかるかって。
自分が何を食べたいか言わないで、出された料理が気に入らないと言ってもはじまらないよ。

自分が何が食べたいかいちゃいけないと思っていない。
逆だよ。自分の食べたいもの言わなかったら料理できないだろ。

口開けて待っていても誰も助けてくれないよ。
神は、自らを助ける者を助けるってね。

自分達は、何がしたいのか。
自分達は、何を目指しているのか。
自分達は、どんな会社にしたいのか。
そこから、どんな人事制度にするか、どういう事が学びたいかがわかってくるし。
どういう教育をしたらいいかもね。
他人言われるのが気に入らないって。
自分の人生を他人に決められたくない。
じゃあ、みんなの前で自分の希望や夢を語らなければ。
口に出して言わなければ誰にも伝わらないよ。
陰でこそこそ、陰口や、悪口、愚痴や不平不満を言うのは卑怯者のすることさ。

自分の考えを正々堂々言えばいいだろ。
皆がみんな陰でこそこそ言っていたら、何も実現しないよ。
「言っては、駄目」なんて誰も言ってないんだから。

僕の話を聞いてくれないって。
話をしてからいいなよ。
話もしないで、聞いてくれないは、ないだろ。
社長は一生懸命来ているのに、何も肝心な事話してないんじゃない。
話し合っていないんじゃない。

先のない奴は「黙れ。」と言うさ。
何も変わって欲しくないんだからさ。
でも、先がある人が黙ったら、未来は真っ暗闇だ。
勇気をだして話せよ。
話始めろよ。

なぜ、集会、結社の自由があると思う。
なぜ、言論の自由があると思う。
昔は、不自由だったんだよ。
なぜなら、若いのが集まって話し合うのが怖かったから。
自分の考えを言うのが怖かったから。
だから、自由にしたけど、自由にしたとたん。
目に見えない形で圧力を加える。
駄目だよ、はねのけないと。自由になりたいなら。

会社の仕事っていきなり結論には至らないからね。
なぜなら、会社は組織だから。
だから、どうやって決めると言う段取りから入るのが普通。

例えば、教育に関しても。予算でも。
いきなり、何月何日に、営業員訓練をどこどこでしますなんてのが浮上する事はなし。
今年の予算は次の表のとおりですと言う事もない。

先ず、教育も、どうやって方針決めるとか、何を、誰が、誰を教育するかどういう手順、段取りで決めるという打ち合わせから入る。
その為には、誰に、準備を担当させるかを、主管部門とトップの打ち合わせがないとね。

結論と言うより建物の設計の話や工事の打ち合わせのような事。

先ず、方針を誰にどのように(関係者を集めて、意見を聞いてとか、担当者がたたき台を作ってとか。)立てさせる。

こういう事ね。こういうことを先に設定しておかないと。
開始した直後からバラバラに空中分解する。

目の前の作業に鷲掴みに入るなともよく言われたね。
そいしないと特定の仕事に囚われて全体が見えなくなるから。
先ず、担当を決めて、日限を決めて、全体構想を立てさせるんだねと。

結論は急がず、着手を急げと。

企業が成長している時はね。
取り組む問題がたくさんあったから。
それぞれの部門から、担当だして、担当者に問題を解決させてきたんだけどね。
それ以外にも、いろいろな口実で、若い連中が交流できるように、或いは企画を担当させて。
社員旅行とか。新人研修とか。歓送迎会とか。
勉強会とか、花見とか。
体育会とか、忘年会とか。社内研修とかね。
クラブ活動とか。
だから成長したし、活力もあった。
ホンダとか、ソニーなんて典型ね。
それが成長が止まったり。
守りの経営になると。
集まれなくして、抑え込もうと。
頭から抑えて、何も考えないようにする。
昔は小集団活動とか、生産性活動とか。
皆が知恵を出し合ったものだけどね。
ドンドンやればいいんだよ。
もっと自分達で集まればいいんだよ。
いろんな口実作って。
話をしなければ何も始まらないもの。
実際の仕事は担当者がやるんだから。
担当者同士が喧々諤々の議論をしなければ。

一日一歩。一日一枚でいいんだ確実に前進しろ。
一遍に企画書を作ろうとするから。

これは経験だけど、電子手帳なんて沢山出たけど。
データベースを作ろうなんて言われたけど。
そのほとんどが、初期に挫折した。
生き残ったのは、電話帳、名簿さ。
電話帳に、少しずつ、名前と電話番号を登録しているうちに手放せなくなる。
少しずつ、名前と電話番号を登録していたら結構な数になる。
それに住所や、勤め先などのデータを追加しているうちにデータベースになった。
最初から完璧なデータベースを作ろうとしたから挫折した。
最初は、必要に迫られて。そう言う者が生き残るの。

なるべく若いものだけに任せてもらえるようにするんだ。
何もわからないから、いんじゃないか。
ゼロから始めるから。

自分達で考えなければ、答えなんて最初から求めるな。
最初は完成度なんて低くていい。低い方がいい。
そうしたら、お互いの本音が出るよ。
誰が仕切っていくか。取り合いになる。なればいい。
今から、閉じ籠ってしまったら。
後、何十年も、死ぬまで、穴熊生活になるよ。
自分からドンドン、前に出なければ。
若い若いと言っているうちに年をとるよ。

三百六十五歩のマーチ
と言って
先輩たちは一日一歩とジリジリ前進していった。
だから、日本の技術は世界に花咲いた。
三日坊主ではとてもとても。

今はどうだ。

毎日、つづける事さ。継続は力なりと。

歌:水前寺清子
作詞:星野 哲郎
作曲:米山正夫

しあわせは 歩いてこない
だから歩いて ゆくんだね
一日一歩 三日で三歩
三歩進んで 二歩さがる
人生は ワン・ツー・パンチ
汗かき べそかき 歩こうよ
あなたのつけた 足あとにゃ
きれいな花が 咲くでしょう

※腕を振って 足をあげて
ワン・ツー・ワン・ツー
休まないで 歩け
ソレ ワン・ツー・ワン・ツー
ワン・ツー・ワン・ツー※

しあわせの扉はせまい
だからしゃがんで 通るのね
百日百歩 千日千歩
ままになる日も ならぬ日も
人生は ワン・ツー・パンチ
あしたのあしたは またあした
あなたはいつも 新しい
希望の虹を だいている

しあわせの 隣りにいても
わからない日も あるんだね
一年三百六十五日
一歩違いで にがしても
人生は ワン・ツー・パンチ
歩みを止めずに 夢みよう
千里の道も 一歩から
はじまることを 信じよう

結局ね。
組織的仕事と言うのは、パーツとなる作業を人と結び付けて組み立てる事なんだよ。
プロモデルを組み立てるようなね。
だから、先ず、パーツとなるすべての作業を洗い出し、作業リストを作ること事から始める。
次に、人のリスト。
人の役割を決めて、人の枠組みを作る。これが組織。
後は、時間の大枠を組め、この人、時間の枠組みの中に作業を組み立っていく。
これが段取り。
作業を洗い出す手法の一つが、成果、成果では具体性が乏しので成果物を予め想定し、それを、作成する作業に置き換えて作業を洗い出す技法がWBSという。
いずれにしても、作業の洗い出しは経験と工夫が必要。
経験と言ってもね、二、三回やれば要領はつかめるよ。
この辺を理解していないと組織的な仕事はできない。
やったとしても、思い付き、テンデンバラバラな、行き当たりばったりの仕事になる。

事業計画なんていうのもね。
項目を挙げて並べてみる。
そうすると、組織や、日程、段取りの大枠がね、見えてくるから。
それを眺めながら、みんなで構想を練る。
ここを一人でやらないのが味噌ね。
一人でやってしまうと実際の作業の算段が付かなくなる。
この時に結論を迫るのは野暮よ。
試合の結果は、試合をやらなければわからないのに。
試合をやる前から、敗因や責任を追及するような事。
或いは、捕らぬ狸の皮算用。
先ず、枠組みを作らないと。

人事を尽くして天命を待つとしか言いようがないんだよな。
体制を作って相手の出方を待つ。
ただ、相手が自分の手番になっても、なんの手も打ってこないと、こちらは手詰まりになり、手の打ちようがなくなるんだよな。
相手の自壊を待つしか。
何も手を打たなければ、いずれは、自壊、自滅するけどね。
それまで待てるかの話になる。

かといって下手に動くと、こちらの体制が崩れてしまう。
これは内輪の話でも、同じ。
いつまでも行動を起こさないと、共倒れになるよ。
勇気をだして、行動を起こさないと。

準備をして待ってるよ。
誰がいち抜けして最初に来るかな。

出来ないって。
そりゃあ、監督一人では何もできないよね。
投手だけでも。
捕手だって、一人では野球はできない。
じゃあ、どうするの。
チームを先に作らないと。
じゃあ、チームが出来たら野球ができる。
そう、相手チームがいなければ。
相手チームを探して試合を申し込まないと。

それを、誰がするの。
ただ、黙って座っていれば、野球なんてできない。

でも、誰が始めるの。

昔は、焼け跡で何にもない野っぱらから。
ジャイアンみたいなガキ大将がいて。
仲間を集め。
それから、自分達でボールを探してきて。
グローブの手作りで。
待っていても、誰も助けてくれないから。
誰も助けてなんかくれないよ。
自分達ではじめなければ。

ただ、部屋の片隅で膝小僧かかえていてもさ。
何も変わらない。
ただ、時がたっていくだけ。

なぜ、企画書や提案書、素案と言った書類を担当者に作らせるのか。
それは担当者だからだ。
担当者は、作業を担当するだけでなく、連絡役や調整役をするにせよ、まとめ役にせよ、いずれにせよ、担当する仕事や作業の概要、全体像を理解しておく必要がある。
だから、記録係や企画などをさせる。
よく、わかってないから、担当は任せられないと言う人がいるが、それは、担当に意味が解っていない。
担当分けは、当たり前に分業を意味している。
分業をするためには、全員に仕儀との目的や方針、概要、考え方などを理解させておく必要がある。
だから、担当を決めて仕事をさせるので、だったら、一番理解していない者に、担当させるのべきだと言う考え方があるくらいだ。
一番わかっている者が担当してしまうと、その人以外には理解している人がいなくなるからで。
五番わかっていない人間だったら、一人でやるわけにはいかないし、必ず聞いてくる。
目的や内容を理解するから分担できるので。
リーダーシップのとれない者の中には、指示された事全てを自分がやる事だと受け止めてい人がいる。
それでは、使いっ走りしかできない。

担当者は言われた事だけをやっていればいい訳にはいかない。
ちゃんと目的や仕事の方針等しっかり理解しているか、理解していないなら、理解させるために担当にするので。
チームワークを理解していない。

何度も言うが担当を決められなければ、自分が担当になり。
仕事の分担がいつまでもできない。
人を、指示する事も、使う事もできない。
担当を決めた上で、担当に何をやらせるか、担当させるかを決めるので。
だから、担当に計画を立てさせるのだ。
何にしてもやらせないと覚えない。できない。
担当させ、責任を持たせる事で、仕事を覚えさせ、教えるのである。

担当を決めるのは分業する事で丸投げする事とは違う。

チームリーダーは、仕事を始めるに際して、自分の口で、どういう目的で、いつまでに何を達成しなければならないかを、説明できなければならない。
だから、リーダーは、主旨、目的を自分で説明できるように整理しておかなければならない。自分のものとしておく必要がある。
そうなると、誰の指示で、どのような要求によって仕事を請け負ったかを理解する必要が生じる。
目的や方針を自分のものにする事でリーダーは、ユーザーとメンバーの中間に立って仕事を整理する事で分担を決め、仕事の進捗を管理する事が出来るようになる。
担当は、仕事の目的や方針、要領を自分のものにしてないと自分で仕事を組み立てられない。
それがチームワーク。
仕事の目的や方針を自分だけが理解していればいいと言うのは独りよがり。
チームワークでは有害。
いかに、チーム全体に目的を理解させ、浸透させるか。
だから、目的は誰が聞いてもわかる事。
子供が聞いても理解できる事がベターなので。
時にはスローガンにすることも有効なのである。
コンセプトもしかり。

よく言われたのは一番わかっていなさそうなのを担当としたらいい。
そうしたら、どこに問題があって、何がわかってないかが一目瞭然になるから。
気の合う連中とやっていると問題点が見えなくなるよ。
打てる打者は、何故打てないのかを考えない。考えようとしない。

最初に困難な問題に取り組むから、後が楽なんだと。
いろいろと取り組み方がるけど、一番困難なところから片付けろと言うのにも一理ある。