学問の基本は問答さ。
だから、昔の教科書や哲学書、経典の類は問答集が多い。
聖書も、論語も、コーランも、仏教の経典も、ソクラテスの弁明も問答。
「子曰く……」孔子は、このように言われた。
「如是我聞」私はこのように聞いた。

問い、聞く。
若い時は、どんどん、問え。
そして聞く。
これが基本。

いくつになっても聞くことを恥じるな。
子供に、教えを乞う事は無上の喜びさ。

相手がいなければ問答ができない。
だから、担当を決める。
担当の最初の仕事は問答
だから息を合わせる。
息を合わせれば、相互に、相手の考えが入ってくる。

原点は、共鳴共感。

人生意気を感じる。

古来、意気を同じくする友や師に出会える事、人生無上の喜びとする。

わからない事があったら、聞くさ。
聞かれたら、相手も、質問の意図を聞くだろ。
「どういう事、何が知りたいの」って。
そうすると、質問の意図を整理して、相手に説明しようとするだろ。
「質問の目的は、こう言う事で、知りたいのは、こういう事さ」
そうすると相手は一生懸命考えて。
「自分の答えはこうだけど、それで納得した」と聞き返すさ。
この一手一手で自分の考えもわかってくるし、深まっていく。
一つ聞くたびに、一つ扉が開く。
これが問答。
同時に相手との考えの違いも明らかになる。
違いも分かれば、共感できる事も出てくる。
根本的な事で共鳴共感できた時、同志となり、組織が生まれるんだ。
焦らない焦らない。
車も、最初はローでスタート。
徐々に加速していくから。
最初ゆっくり・ゆっくり、段々、速くなる。
スピードが出たら修正は難しくなるから。
山道を転がり落ちる大岩のように。

大事なのはきずきだよ。
自分を知ることさ。

わかっているようでわかっていない。
それは、私の事。
自分の事こそ、わかっているようでわかっていない事。
人生は、私探しに旅さ。

自分の事、わかったつもりならない事だよ。

項目というのは、仕事をするための項目。
言い換えると、仕事をするために決めなければならない事、要因。

担当を決めたら、先ず、当座何をするかを担当と打ち合わせる。それが、第一歩。
つまり、とりあえず何をするかを打ち合わせる。

仕事に取り掛かろうとすると、簡単なことがわからないことに気がつく。
はじめては、本当に、何でもない事がわからない。
だから、先輩は、「始めたらすぐにわからなくなるから、わからないことあったら、何でも聞いて来いよ。
わからないままにしたら駄目だよ」と。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。

中には聞かれて、はじめて、わかっていなかったことに気がつく事も多くある。
その時は率直にわかっていない事を認めるしかない。

車に乗った事のない人は、ドアの開け方もわからない。
自分がどこに座ったらいいかもわからない。
況や、エンジンを掛けたり、座席を調整したり、シートベルトの装着の仕方などわからない。

高齢者のパソコン教室と言うのは笑い話みたいなことがたくさんあった。
パソコンを立ち上げてくださいと言ったら、立ってパソコンを持ち上げた。
マウスを動かしてくださいと言ったら、マウスを持ち上げて動かしたと。

高齢者のパソコン教室は、初心者だと最初から思っているから聞ける。

でも年と共に、簡単な事が聞けなくなる。

最初は何もわからないんだから。
誰だって最初はある。
問題は、最初はいつ訪れるか。
最初に飛行機に乗ったのいつ。

五歳でゴルフを始めた人は、五歳が始め
十五でゴルフを始めた人は、十五が初めて
二十歳で、ゴルフを始めた人は、二十歳が初心
五十でゴルフを始めた人は、五十が原点
七十でゴルフを始めれば、七十で初心(うぶ)。

始めた時が、最初。

わからないとか、できないのは歳とは関係ない。
でも自分より若い人に教わるのは悔しいと思うのが人情。
これが人の成長を阻む。
だから、若いうちに学ぶ。

湾岸戦争の時、アメリカの戦略を担ったのは大学院生だという。
何が言いたいかと言うと、実際の仕事は、担当者がする。
だから、担当は、結構、ハードワーク。
若い者に任せるのが常道。
ベテランは、基本、調整役、連絡役に徹する。
それがマネージメント。
五十、六十になっても四番を打ちたいなんて。
それより、監督、コーチに徹した方が自分をいかす。

わからない事は、いくつになってもわからないんだよ。
わからない事を若者に聞くのは楽しい。
そう思わんか。

グーグルだって、Amazonだって、ファイスブックも、マイクロソフトも、アップルも創業したのは、二十代の若者たち。

簡単な事を簡単捉えるな。
簡単事がわからないから、できないから、先に進まないんじゃないか。

一ってなんですかと聞かれて答えられる人が何人いるだろう。
全体を表す一。単位の一。数を表す一。量を表す一。距離を表す一と一にもいろいろな意味がある。

わかっているようで、わかっていない事。
できる様でできない事ってたくさんあって。

その多くが聞くに聞けない。特に、簡単な事はね。
馬鹿にされたくなくて。
恥ずかしいと。
でも、その簡単な事が大切だったりする事がある。

それでわっかった振りをする。
できるふりをする。
でも、簡単な質問て核心を突くこと多いからね。
一見簡単な事がわからなくて、できなくて、それをできるふりして大惨事を招くと言う事がたくさんある。
だから、先輩たちは、わからない事はわかるまで聞け。
できない事はできないと言え、仕事だからと厳しく躾けた。

怖いのはわかったつもりできるつもりでいる事。
言ったかぶりはしない。
わからない事は聞く。調べる。
不確かな事は確認する。

わからない、できないで、恥ずかしいと思うのは、私情、個人の問題。
仕事を個人的感情でするなと。

俺だって、この歳をしてわからないことだらけ。
残念な事に、歳と共にできない事が増える。
でも、割り切ってしまえば楽しいじゃないか。
若い子からも学ぶ事がたくさんあると。