どのタイミングで、誰が、何を決めるのかが大切。
先発ピッチャーを決めるのは直前でもいいが、守備位置はチームを編成した時。
どこにどんなボールを投げるかを決めるのは監督ではなく。投手。

情報を、どのタイミングで使うのか。
情報も、使う時が重要なので、時を間違うと全てを狂わせる。
情報は、鮮度やタイミングが鍵を握っている。

仕事の流れが中断されると再度立ち上げるため過大な労力を必要とする。
立ち上げの時を、何らかの理由で延期される場合は、必ず、次の日程を決めておく必要がある。
出来れば、できる範囲で着手した方がいい。
なぜなら、立ち上げを改めて設定するのは手間がかかるから。
始まりは、流さない方がいいに、決まっている。

初回と最終回は、自ずと違う。
初回に、最終回の話をしたら終わってしまう。
何事にも順序がある。道理がある。

世の中には、道理がある。
その道理が今の世の中では通じなくなりつつある。

物事には手順がする。
順序がある。

今の子は、子供を産んでから、結婚して、親の承諾をする。
物事の道理が転倒しているのである。
だから、子供に責任が持てなくなるのである。
家庭は、自分一人で切り盛りできるものではない。
周囲の人間の理解と助け、協力があって子育てはできるのである。

生きるという事は他人迷惑をかける事なのである。
それを、迷惑をかけなければ何をしてもいいと教える。
自分は、迷惑をかけているという自覚が持てなければ、何をしてもいいと言う事だけ残る。
だから、俺は、お前にどんな迷惑をかけた、何が悪いと開き直る。

能力があるのと、発揮するのとでは違う。
能力を破棄するためには、他人を認め、受け入れ、信じ、頼り、助け合わなければ生きていけない。
その様に人は作られているのである。
それが神の意志でもある。

度胸はあるけど、知恵が回らない奴。
知恵はあるけど、度胸のない奴。
互いに馬鹿にしていたら、共倒れするだけだ。
互いが、互いを信頼し、協力し合えば、力を発揮する事が出来る。

人は一人では生きていけないのです。
いくら優秀な投手でも捕手がいなければキャッチボール一つできない。
外野に飛んだボールを投手が捕球するわけにはいかない。
己の限界を認めず、あるいは、隠してともに助け合って生きる事を覚えなければ、自滅する。

大切なのは、皆で、何を目指しているか。何をなそうとしているのか。
自分一人で何もかもしようとするのも、自分の欠点、弱点を隠して他人と協調しようとしないのも、結果は同じ。全体を、破滅へと導く。

創造は、破壊から始まる。
創造に結び付かない破壊は、破滅へと向かう。

自分の弱点、欠点を知られたら自分の居場所がなくなると虚勢を張って一人で仕事を抱え込み、手に負えなくなって逃げ出したら、その災難は、仲間全体に及ぶのであある。
出来な事はできないと、認めなければ始まらないのである。
その上で、投げやりにしないで謙虚に学ぶ。生きるとはそういう事である。
劣等感なんて糞くらえだ。

自分の面子だの外聞だのに囚われて、自分の限界を頑なに認めずに隠そうとする。
あるいは、他人の力を認めず。信じて頼ろうともしない。

それは、全体を破滅へと導くのである。

ロシアだって、プーチン大統領が一人で動かしているわけではなく。
国民も、軍人も、人の子である。
誰も、破滅的な結末など望んではいない。
ただ、人が、神を恐れなくなり。
自制する事を忘れた時、真の破局が訪れるのである。

神を否定する者は、自らを神とする。

人が滅亡するとしても、それは、神が悪いのではない。
人間自ら犯した罪業の性である。
悔い改めない限り、危機は去らない。