手綱をシッカリ握っていろよ。
エンジンは始動したからな。
操縦桿を握っていないと、暴走するからな。
滑走路に向かって動き出したから。
オーケストラの指揮者が影に隠れていたら、指揮はとれないからな。
支店長は、現場指揮官だからな。声を出せ。
種をまく時は、全員に種をまく時と知らせ。
収穫する特は、収穫の時と、皆に周知する。
種をまく時は、種をまくための作業をし。
収穫する時は、収穫の準備をする。
種をまく時は、皆で分担して種をまき。
収穫をする時は、皆で収穫をする。
皆で収穫している時に、一人種をまいたら邪魔になるだけ。
種まきをすべき時に、収穫の縦鼻をしても無駄だし。
収穫の時に、種まきの準備をしても遅い。
仕事はチームワークだから、自分たちが、今どこにいるのかを明確に知らしめないと、全体は統括できない。
今離陸の時か、着陸の時か、それもわからなければ、一致協力して仕事はできない。
今、一合目なのか。
三合目なのか。
五合目なのか。
山頂なのか。
みんな理解してないと。
指示、命令系統は、あるのではなくて、作っていくので、以前は、それを作っていくのが職長であり、マネジャーである。
あると思うから錯覚するので、人を配置したら、そこで、指示命令を繰り返しながら、筋を通していく。
指示命令を繰り返す事で組織をくみ上げていく。
かつての、職長やマネジャーは、組織づくりの職人だった。
この点を間違わないように。
支店長、職長に任命されたからと言いて、リーダーになれるわけではない。
指示を出し、指示に従わせてはじめて、リーダーになれる。
リーダーは、自分の力で勝ち取るのである。
担当を決めたからと言って、すぐに担当は働けるわけではない。
担当は指示されたはじめて働ける。
故に、リーダーは、担当を指名したら、速やかに、みんなの見ている前で指示を出す。
リーダーが担当者に決めても、関係者に認知されないと、担当の仕事はできない。
要は、担当を決めたと言っても、レッテル、ラベルを付けたのに過ぎない。
ないよう、何をしたらいいのか、仕事や、権限、作業が、担当と結びついているわけではない。
担当を決めたら、速やかにリーダーは、担当に指示する。
これは、リーダーにも言える。
支店長、リーダーになったからといって支店長、リーダーに従うとは限らない。
部下は、支店長、リーダーの指示に従うのであって、指示を出さなければ、従わない。
お願いでは、基本、従わない。
なぜなら、お願いは、お願いした方に責任が生じない。
随意指示だからで、従う従内は、受けた方の意志によるからである。
自発性、自主性も同じ。
リーダーはリーダーになるのである。
現場は、リーダーの言葉よりも、行動や指示等、やっていることに従う。
口で役割分担をして、皆でやると言っても、指示もせず、一人で仕事を抱えていたら。
部下は、皆で分担して仕事をしたくてもできない。
それで、部下は従わないし、部下を叱責したら、部下は、信用しない。
基本的に、報告を聞いてから、指示するのが一連の行動。
報告を聞かないで指示すれば、部下は、自分が無視されたと思い、独善的と受け止める。
指示できなければ、無責任で、いい加減、卑怯、臆病とみなす。
部下が報告するということは、何らかの返答を求め、指示を待っていると現場指揮官は、思うようにする。その時、曖昧な態度をとると、一遍で部下の信任を失う。
リーダーを補佐する者は、リーダーの行動を見て、自分の立ち位置、役割を決める。
リーダーが何も指示しなければ、自分の考えで独断し、行動するしかなく。
その場合は、指揮官は指揮権を放棄し、逃亡したとみなされる。
部下は上司を見て見習う。それが、仕事の基盤となる。
だから、声の出ない、現場指揮官は、現場を統制する事も、管理する事もできない。
仕事がうまくいかない原因の多くは、日常的でありふれた決め事や行動にある。
その場合は、出社直後の決め事や習慣をかえてみると解決することがある。
甘く見ない事。
影に隠れて。目立たないでいれば、リーダーは楽だよ。
その代わり、リーダーシップは発揮できない。
皆の前に自分を曝す事ができるから、リーダーシップが発揮できる喪である。
リーダーは,皆から、信任を受けると同時に怖れられなければならない。
ただし、信頼と恐れは両刃の刃である事を忘れてはならない。
乱用すると自分をも傷つけることになる。
信任ばかり求めて、部下に迎合していると、部下は、従わなくなる。
恐怖乱用すると、部下は委縮して、自分を殺してしまう。
信賞必罰というが、厳しい招致をすると言うのは「容易い事ではない。
やはり決断である。
リーダーの行動が組織を支配している。
パソコンや携帯と向かい合っても組織は動かないし、形成されない。人と向かい合わないと。
組織は、人によって作られたシステムだから。
誰に向かい合ったか。
誰と、いつ、何処で、何を打ち合わせたかが重要なのだ。
特に事務の責任者は、支店の実質的な運営をしているから、支店長は、事務の責任者の報告、意見を聞かない限り、現場を管理できない。
わが社の事務の責任者は優秀だから、なおの事、必要に応じて権限を委譲し、任せないと、支店長は実務を統括できなくなる。
仕事というのは、基本的に、チームワークで、一つの仕事を分担してやる。その為に、リーダーを決めるのだけど。
チームワークが理解できない者は、リーダーに選ばれても、指示ができないで、一人で仕事を抱え込む。
仕事は、一人ではできないから、当たり前に行き詰まって、挙げ句、誰も手伝ってくれないと他人の性にしても、仕事がはかどるわけでもなく、結果が見えてくると、周囲の同情をかうように振る舞う。
事情がわからない人は、可哀想と哀れむかもしれないが、事情を知っているものからすればみっともない、惨めな話だ。
リーダーが指示した事に基づいて組織は、命令系統を組み立て記憶し、取り込んでいく。
指揮官は、指示する事で、組織に指示命令系統を覚えさせる。
だから、指示を出さないリーダーは、組織にとって最悪。
自分で仕事するのはワーカーの役割で、リーダーが自分で仕事をするのは手がありないからで、本来の役割ではない。
仕事を自分一人で抱え込み、指示できなければ、リーダーにも、なれないし、組織も形成されない。
トップは、実際に、現場を指揮しているわけではないから、現場指揮官とは違い。
行動を縛られていない。いつ出社するかに、現場あまり左右されない。
この点を錯覚しないよう。
現場指揮官と、トップとは別。
組織のベースとなる指示命令系統は一週間もすれば出来上がる。
問題は、その後どう定着させるか、応用していくか。
丁寧に作り上げないと組み上げられない。
面倒くさがらないように、最初は丁寧に指示していくよう。
雑にやれば、仕事が雑になり。統制もとれなくなる。
指示の出し方のパターン。
最初に、幹部を集めて、概要を説明した上、その場で詳細を詰め各自に指示する。
最初に幹部を集めて、概要を説明した上、個別に詳細を詰め、指示する。
個別に担当を呼び、概要を説明した上、詳細を詰め、指示する。
それぞれ一長一短があり、絶対的な形はない。
指揮官の好みと思ってもいい。
集めるにしても、誰に、集めさせるのかから始まる。
集めると言っても、思っているほど簡単ではない。
言いていにパターンを繰り返して、組織に覚えさせる。
極力、同じ形で繰り返す。
打ち合わせと言ってと簡単言いうけど、打ち合わせをセッチングすると言うのは結構面倒くさい。
面倒くさいし、結構手数がかかると思っておく事だ。
さあやろうとすぐに詰まる。
これが一般的だと思っておいて。
それこそ、どういう目的で、誰と打ち合わせるのか。
記録を残すべきか。
誰が、責任者なのか。
どこに話を持っていたらいいのか。
だから、わからなくなったら、すぐに聞きにきてくれ。
とにかく、なれないと、わずら鷲くて、鬱陶しい、面倒くさい仕事だと思っていてくれ。
ただ、ここを突破できないと、仕事にならないからね。
覚えてしまえば、何でもないよ。
少なくとも、相談しながら決めていけるようになる。
一人で、頑張っても駄目だよ。
出だし、間違うと、堪えるからね。
気紛れな指示や、場当たり的、単発的な指示だと、組織は、指示系統が定まらなくなり制御不能に陥る。
先ず、根気よく自分の形を覚え込ませる。
変則的な指示を繰り返すと、命令系統も変則的になり。
制御が難しくなる。
極力、指示命令は、単純明快、誰にでも理解できることにする。
命令に美文はいらない。
声かけと言って、誰に、最初に声をかけるか、これが決まっていないと、仕事におとせない。
これは生々しい話で、一人ひとりの性向、性格、センスによっても違う。
だから、誰に、どのような指示をしたかが結構カギを握っている。
だから、最初は、見習ってもいいけど、はやく自分の形を作れと教えられた。
指示を曖昧にしたり、出さないと、担当者は、自分の判断で行動すつ事になる。
その場合、一人ひとりの担当者の意思統一が困難になり。
当然、組織の統制もとれなくなる。
また、担当者の行動も指示に基づかないから、担当者個人で責任を持たなければならなくなる。
自主性とか、自発性、忖度とか言って、指示を出さないのは、責任者として、最も、無責任な行動である。
全社員に対する告知をどうするのか。
回数、場所、手段、手順。
手順に沿って指示を出していく。
いきなり、全員というわけにいかない。
事前に、予告する。
全員告知も誰に、誰から資するか。
その場合、事務方を通すか。
上から伝えるか。
いずれにしても、支店長から通知する必要がある。
こういう。点と線を繋ぐことで指揮命令系統を通す。
非常に、神経を使う作業だと言う事は頭に入れておく。
我慢、我慢。
一日の出だしは、日々の仕事の管理の形を定める。支店長、職長の仕事に対する思想をよく表し、具体化するため、部下は、それを見て、自分の仕事を無意識に組み立てる。言葉で表すより強烈。
部下は、言葉より、リーダーの行動を見て、自分の役割、仕事を決める。
朝、朝礼をしてでは、仕事の実際的段取りはわからないし。仕事が雑になる。また、部下は自分が何をしたわからないから、従わない。
これは、社長やトップとは違う。現場リーダーの事。
だから、支店長、職長の出社時間が鍵となる。
出社時間が、不規則だったり、いたり、いなっかたりする支店長、職長には、部下は従わない。
故に、指揮、統制、管理は、できない。
やむおえず、出社が不規則になる者は、出だしの部分、他の物に委ねるか、前日に差配しておく。
現場の管理は欠かせないので、定点で報告を聞くようにする。
出社時間の形には、直前、十五分前、三十分前、それ以上前の、形がある。部下は、リーダーの出社時間に合わせて出社してくる。
先ず、直前に入るスタイルの支店長や職長は、すべての準備、指示を前日に終わらせ、当日の準備は、部下に任せるスタイル。
十五分前に入る支店長、職長、最終確認。
三十分前に、出社するリーダーは、当日の仕事の段取りをするタイプ。
それ以上前に出社するリーダーは、直接自分で、差配するタイプ。
それぞれに一長一短ある。
自分の性格や考えに併せて決める。
先ず、直前に出社する支店長、職長は、別として、それ以外の支店長職長は、先ず、事務方の責任者か営業の責任者を呼んで報告と出欠を聞き、その日の作業の組み換えをして指示する。
早出の社員がいる場合は、早めに出社するか、責任者を指名しておく。
責任者を指名する場合は、相対でするのではなく、関係者の見ている前でする。
朝礼後の打ち合わせには、いくつかの手中がある。打ち合わせの要素には次のような事があり、それを、順番をつけて組み合わせる。
責任者、サブ、外回り、内回り、全員。
小規模の支店の場合は、全員でやるケースが多いが、七人を超えるようになってくると時間ばかりかかって効率が悪くなる。
その場合は、全体で打ち合わせた後、個別の打ち合わせに切り替えるのが一般。
その場合、各打ち合わせに責任者をおくスタイルと、直接自分でやるスタイルがある。
なぜ、朝礼なのか。
それは朝礼だからだ。
朝礼は、もっともに稚樹的な業務で、難しい業務ではsないあ。
組織の総ての要素を盛り込む事が出来る。
また、総てに人に役悪を持たせる事が出来る。
最初に朝礼をシッカリさせておけば、後々の仕事が、楽になる。
防災訓練の報告の時、岸本は全体の流れの説明をしたが、それは、適格だと思う。
全体の流れの説明があるから、報告の意義が伝わる。
仕事は、その仕事に携わる者全員が自分たちに位置を適切に把握している必要がある。
一人でも、自分の位置を見失うと計画は破綻する。
役割分担は、中心が定まらないとできない。
リーダーは、常に自分が中心にいる事を示す。
支店長、職長は、常に中心とは限らない。
状況や仕事に併せて、リーダーは、中心を指名し明らかにする必要がある。
リーダーは、常に、中心が誰かを明確にする。
リーダーは、自分がリーダーであることを明らかにする必要がある。
リーダーは、誰が中心であるかを明確にする。
なぜなら、リーダーが常に、中心に位置するとは限らないから。
以上のような事は、行為、行動、態度で伝える事で言葉だけでは伝えられない。
支店長、職長になったら、リーダーになれるわけではない。
指示を出して、指示に従わせてはじめて、リーダーになれる。
ただ、中には、指示に従わない者も出てくる。
その場合は、とにかく、皆の前で指示する。必要な場合は、文書としておく。
ただ、文書だけではダメ。見てませんと言われればそれまで。
見ろも指示だから。
指示を無視したら、再度指示を出した上、指示に従わない場合は、処罰すると警告する。業務命令違反は、解雇事由に゙相当する。そこまでいなくても、禁足、出勤停止くらいはある。
そして、指示を出して、従わなかった場合は、毅然と、処罰する。
リーダーとはなるので、部下の信任は、勝ち取るもの。
指示を出すのは勇気がいる。
退場や、レッドカード出せない、審判には、選手は従わない。
選書交代ができない監督には、選手は従わない。
指示を出さない者をリーダーと認めない。無責任だし、臆病とみなすから。
その場で、即刻、判定ができない審判の判定には従わない。
スポーツは、試合中、頻繁に中心が移る。
常に、監督が中心にいるわけではない。
役がリーダーにするのではなく、行動がリーダーにする。
行動が伴わない者はリーダーにはなれない。
個別の打ち合わせには、外回りと、内勤者の打ち合わせがあり。
基本的には、外回りから先にする。なぜ、なら、外回りは、出なければならないから。
外回りには、弊社は、営業、配送、検針集金がある。
これをどうするか、設計する。
それぞれ、別々にするか、まとめてするか、事前事後の打ち合わせをどうするのか。
責任者をおいて任せるか。
自分で直接管理するかを決めて、それぞれの責任者に伝える。
事前の打ち合わせは、前日に済ませておくか、当日するかによって、自分の一日のスケジュールを決める。
当日する場合は、早めに出るし。前日、決めておくなら退社時間が遅くなるのも仕方がない。
これは、誰に留守を任せるかにもよる。
朝礼を準備するためにはどん作業がある。
一つ、会場の設営。
一つ、議事の進行の段取り、打ち合わせ。
一つ、資料作成。
一つ、前後の打合せ。
一つ、業務、配送との打合せ。
一つ、検針、集金との打合せ。
一つ、産業部との打合せ。
一つ、挨拶回り。
一つ、センターとの打合せをどうするのか。
一つ、担当間のネットワーク化。
どれ一つとっても、支店長間の引き継ぎだけでは片付かない。
だから、事務の責任者や営業の責任者の意見をよく聞き、どんどん指示していかないと。
そして、そこで、行われる、打ち合わせや、決定、指示命令が、これからの組織、仕事の基礎を作る。
支店長と支店長でいくら話をしても、出口は見つからないよ。
特に、事務責任者の話をよく聞くとともに、センターの担当者と現場の担当者をどう結び付けていくか。
最初に、面倒くさいと手を抜くと、後追い仕事になり、後始末ばかりで。
組織を操るのではなく、組織に使われる事になる。
これからいい習慣、どういチームを作る作るか、それで決まる。
指示された経験のない者は、指示慣れしていない。
故に、最初は簡単指示によって、指示に従うことに慣れさせる。
これは、従前は糧に躾け、学校の躾けの範疇に範疇に属していた。
厭の指示に従うのが原則。
ところが、学校は、指示、命令強制は悪だと刷り込んでいる。
極論すると、組織は悪。会社は悪、国家は悪と教えているところさえある。
自分達は、思想教育はするなと言いながら、強烈な思想教育をしている。
これは、奴隷化、植民地化教育であり、結果、親と子供の反目を促す。
つまり、反体制、反国家、反権威思想だからである。
自由主義を盾にしてくるが、基本的に、自由主義は、反権威、反体制、反権威とはである。
自由主義が戦うのは、権利に対する不当な圧力に対してであり。
それが権力者ならば、反権力になるので、結果であった動機ではない。
彼らが教えているのは、日本人による強制や指示に従うなという事で、指示や統率ができる者がいなければ、社会は無秩序になり、無法状態になり、暴力が支配する世になる。
そうなりと、人々は外に指導者を求める事になる。
この様な、無秩序、無法、暴力的な状態を革命常態というのである。
強制のない社会は、弱いものを守れない。
法は、強制権があって成り立っている。
強制を否定するのは無法者である。
組織は、指示命令で成り立っているので、指示に従う事を悪いとされたら、組織は動かなくなる。
だから、学校が無法状態になり、先生は尊敬されなくなった。
リーダーのいない羊は、羊飼いや、牧羊犬に隷属する。
日本人をリーダーにいない羊にすれば、容易に、奴隷化、植民地化できる。
次の時代のリーダーは、自分たちが育てる。
そうしなければ毒理智は保てない。
今の、二十代、三十代が、この国の実権を握る時代になった時。
日本人の中から次世代のリーダーが出てこなかったら。
この国は終わりですよね。
絶対にそれは避けなければ、そう思ったら。
死に物狂いで、リーダーとして最低限、身につけておかねばならぬことを、伝えていかなければ。
ツバメ、ツバメ、発進。
はじめるぞ。
ツバメから始めるぞ。
上手くやろうと思うな。
上手くやろうとして臆病になるな。
ただただ、仲間の為に。
自分の為に。
やるっきゃないだろ。
踊る阿呆に、見る阿呆。
同じ阿保なら、おどらにゃ、そんそん。
飛ぶぞ。
つばめ。飛べ・飛べ、
ツバメ。
ツバメ。
始動。
組織は、受けて立つものが現れないと、始まらないんだ。
トップだけ、声をあげても、それに呼応する人間がね現れなければ。
組織は成り立つやしない。
それを、忘れるなよ。
組織は、トップ一人で作れはしない。
組織のメンバー一人ひとりが参加してね。
皆で、作り上げていく者なんだ。
受けたて。
応えろ。
声を挙げろ。
行動の時だ。
前へ出ろ。
トップを孤立させるな。
それが仲間だ。
助け合うんだ。
信じあうんだ。
仲間の為に。
自分の為に。
さあ、始めるぞ。
仲間になるんだ。