自分の死というのは、全ての終点だというのに、他の人の死は、その他大勢の中の一つに過ぎない。
それは、自分が自分にとって唯一の存在だから。
自分が唯一の存在だとしたら、結局、何もかも、一つの事に、収斂し、自分の死によって一つの出来事に集約されてしまう。
美しく生まれようと、醜く生まれようと。
栄光に包まれようと、みすぼらしく生きようと。
一生に変わりはなく。
他の人と比べようもなく。
比べたところで意味もなく。
比べても何にもならない。仕方がない。
変わりようがないのだから。
どこまで行っても、自分は自分。
そう思えば、上もなく、下もなく。
貴賤の隔てもなく。
美も醜もなく。
過去にとらわれる事もなく。
未来におびえる必要もない。
何が正しくて、何が間違っているのか。
そんな事、お構いなしに。
何が言いたいのかといえば、自分を信じ。
自分の信念に従って生きるしかなく。
何が、成功で、何が失敗かではなく。
好き勝手して生きたとしても。
つつましく生きたとしても。
一つの生き方しかできない。
一生は、一生。
どちらがいいかなんて。
どちらを選ぶにせよ。
自分で選ぶのだから。
その時そのときに、自分に誠実に。正直に。
自分を偽ったところで、自分を欺けはしない。
誰からも顧みられなくとも。
そんな事。
ただ、一人、この世界に向かって精一杯生きるしかないと。
たった一つの人生なのだから。
自分の人生なのだから。
明日の事を思い煩うくらいなら。
今、この時を愛おしく思えば。
それでいいではないか。
例えば、病で死ぬのも。
戦争で死ぬのも。
事故で死ぬのも。
若くして死ぬのも。
罪を犯して死ぬのも。
正義に殉じるのも。
愛に死すのも。
死と言う現実に変わりはないのだとしたら。
自分が納得のいく生き方をするしかない。
誰かの為と言うのでもなく。
この世が滅びようと。
全てを失おうと。
何の未練、思い残す事があろう。
夢のまた夢。
何を怖れるのか。
怖れようもない。
その先の事なんてわかりようがないのだから。
今を、全力で、最善の生き方をするしかない。
迷ってもどうしようもない。
死ぬ気になればなんだってできる。
だから、今を生きる。
母の生家は、今は跡形もないけれどそれでも、一本の梅の木が残っていると。
結局、一本道。
何もかも、自分にとっては一つ。
いろいろの人と出会い、いろいろな出来事があったけど。
自分にとっては一つ。
ごまかしようもなく、偽る事も、逃れることもできないさ。
だから、最後は、まっすぐ自分の前を見るしかない。
逃れられないのだから。
結局、一人で、あの峠を越えていくしかない。
国破れて山河ありと言うけれど。
成すに任せて何もしなければ、自分の人生など生きようがない。
一生に一度、たった一回、ただ一人のはずだったはずなのに。
生きるとは。
何故に、これほど儚い。
若い頃は、やり直せると思い、信じていたけど。
歳をとれば儚く。
老い衰えるばかり。
若い頃聞いた歌が脳裏によぎると。
あの頃が、夢のように蘇る。
ただただ信じるのです。
信じるしかないのです。
だとしたら、信じましょう。
世界は、最終戦争に向かていいるとうろたえている人がいるけど。
所詮、神の意志ですよ。
だから、神を信じるか否か。
全てが終わるのも、自分が終わるのも、根源は一つなのですから。
自分が生きるの死ぬのと騒ぐ事と、人類が滅亡するのしないのと騒ぐのと、どれほどの違いがあるのですかね。