夢のようだ。
何がさ。
夢を見ているみたいだ。
突然、会社に電話があってね。
俺が知っているあいつの声ではないんだ。
随分、老けていてね。年寄りの声なんだな。
先月下血してさ。今日退院してきたんだよというんだ。
医者がね。連絡を取りたい人がいたら連絡とった方がいいってさ。
次に下血したら責任、持てないというんだ。
もう立つ事もできないと…。
俺がね。会いたいと言うとね。
会いたかねえよっていうんだ。
立つ事も儘ならないから来るなって。
コロナの事もあるしな。
それから、あいつは、お前の電話番号わからなくってさ。
お前の携帯の電話番号教えてよ。
体調がよくなったら連絡するからって。いつもの調子で。
いつだったか、俺の家に車を横付けしてさ。
乗れよって。それからしばらくドライブしてね。
街を一回りした後、車を家の前につけて…。
免許、今日来たんだよって。笑いながら言いやがって。
白いベレットで、姉貴の車を借りてきたと言ってたな。
またなって、俺をひとり置いて、立ち去っていたよ。
あっけらかんと…。
今でも、瞼に浮かぶ。
あいつとは、小学校以来の仲。同じクラスにはなったことないけど。
不思議といつも一緒だった。
若いのよ。人生なんて、つかの間さ。
過ぎてしまえばね。
やるべき時に、できる時にやらねば…。
でもね。いざ過ぎ去ってみるとね。
あっけらかんとしているものさ。
あっけらかんとあいつが去っていったようにね。
生きるの死ぬのと騒いでみても、所詮、行きつく先は同じさ。
成功しようとしまいと…。
金持ちであろうがなかろうが…。
人が最後に行きつくところは変わりない。
おまえが誠実に、まじめに生きてきたのを俺は知っている。
そして俺の事を忘れないで電話をかけてきてくれた。
俺は、忘れないよ。
お前の事。
おまえの友情。
泣いても笑っても逃れるすべはない。
浮世の物は何ひとつ持っていくことは許されず。
無一物で神の前にひとり立たされる。
純なる魂となって…。
お前と会ったのはいつだったかな…。
あれからおまえは何をしていたんだ。
どんな生き方をしていたんだ。
あいつは、別れを告げに電話してきたんだな。
声が聞きたかったんだと思う。
でも、江戸っ子は涙は見せない。
湿った話なんてできやしない。
さよならとも、最後とも言えやしない。
こんな時でも粋がりやがって。馬鹿野郎。
またな。また会おうとしかいえやしないじゃないか。
あいつの精一杯の思いやりさ。
あいつは、あんな老けた声ではない。
あれから、何も言ってこない。
俺も、電話はしない。
だってあいつはいつも俺と一緒だし。
あの頃とちっとも変わっていない。
惨めな姿を見せたくないのよと、母が、一言呟いた。
変哲もなく別れの時は訪れる。
突然訪れる。なんでもない日常的な出来事を装って。
何でもない、当たり前な事なんだな。
また、あの時の様にあっけらかんとあいつは行ってしまった。
その後には、何もない。何事もない。
またな、友よ。じゃあな。
いつだって待っているよ。
夢のようだ。
夢を見ているようだ。
さらば友よ。
お前は、生涯の友だ。